研究の紹介

「医学」とは患者様に日々提供する診療だけに限りません。その一つである「研究」を通じて、未来の医療を創出し、患者様や社会への貢献を目指します。

基礎研究

① 研究テーマ:ヒトiPS細胞由来腎臓オルガノイドの病態モデルへの応用

研究代表者:内村幸平

現在の我が国における新規透析導入患者数は年間約4万人、透析患者総数は約34万人にのぼります。原則週3回4時間の血液透析は患者さんのQOLを大きく損ない、1人当たり年額約500万円必要とされる医療費は本邦に対する経済的負担も大きいのが現状です(約1兆6千億円:総医療費の4%)。透析以外の腎代替療法である腎移植は年間1700例にしか及ばず、ヒトiPS細胞による腎臓再生医療への応用は大きく期待されています。しかし、約30種類もの細胞群から構成され、複雑な機能を担っている腎臓は2015年に厚生労働省が発表した『iPS細胞研究ロードマップ』において『2025年以降の臨床応用を目指す』という最も遅い期待値となっています。

2015年頃より熊本大学の大田先生、ハーバード大学の森實先生、Murdoch Children’s Research Instituteの高里先生ら日本人研究者を中心にヒト多能性幹細胞(ES細胞やiPS細胞)を用いた腎臓オルガノイドの分化誘導法が開発されてきました。当科の内村はシングルセルRNAシーケンス法を用いて腎臓オルガノイドの遺伝子プロファイリングを解析したところ、①胎児3か月相当の未熟さである、②本来腎臓には存在しない神経や皮膚細胞が混入している、③尿管芽由来である集合管は形成されていない、といった課題が残されていることを明らかにしました(Wu, Uchimura,et al. Cell Stem Cell. 2018)。そこで集合管を含んだ成熟腎臓オルガノイドの分化誘導法を独自に開発し、これまで分化の未熟さ故に再現不可能であった病態モデルとして使用可能であることを報告しました(Uchimura,et al. Cell Reports. 2020)。現在、当研究室ではヒトiPS由来の新規腎臓オルガノイドを用いて種差の問題のため動物実験が困難であった病態モデルを細胞培養ディッシュ上で再現し、病態解明に向けた基礎的検討を進めています。

② 研究テーマ:膵β細胞プロスタシンの役割の解明

研究代表者:石井俊史

新たな国民病と呼ばれる慢性腎臓病の最多の原因が糖尿病です。糖尿病の初期からアプローチして合併症の進行を食い止めることは、すなわち慢性腎臓病患者を減らし、個人の健康だけでなく、社会問題の解決にもつながる、SDGs達成に通じる取り組みでもあります。こうした意味でも私たち腎臓内科は糖尿病診療の最初期から積極的に関わるべきであると考えます。その足掛かりとして、全身の様々な臓器に発現しながら、その多くが謎に包まれているセリンプロテアーゼのひとつプロスタシン(PRSS8)の膵臓β細胞における役割について研究を行っています。

私たちの作製した膵β細胞特異的プロスタシンノックアウトマウスでは、グルコース負荷によってインスリン分泌が低下していました。マウスインスリノーマ細胞株MIN6細胞を用いた解析では、プロスタシン発現量の増減によってインスリン分泌も増減しました。興味深いことに、プロスタシンの発現量はMIN6細胞の増殖にも影響することが判明しました。こうした結果から、プロスタシンの生理的作用として短期的なインスリン分泌促進作用と長期的なβ細胞増殖作用を有していることが示唆されます。今後これらのメカニズムの解明とともに、糖尿病の病態における関与を解析することで、インスリン分泌と膵β細胞増殖促進効果を併せ持つ新規治療への応用が期待されます。

また、当教室の内村幸平先生らの報告(Uchimura et al. Nat Commun. 2014)では、Toll-like receptor 4を介して肝臓におけるインスリン感受性を調節することで、インスリン抵抗性から保護する効果が示されています。このようにプロスタシンは膵β細胞のみならず、糖尿病に関連した多臓器における効果も期待されます。